感情に振り回されるとき、人は何を重ねて見ているのか

Kansei Column 感性コラム

感情に振り回されるとき、
人は何を重ねて見ているのか

やっぱりダメかと落ち込んだり。 ソワソワして不安になったり。 「なぜそんな行動をするのだろう」と、苛立ったり。 ネガティブな感情は、決して気持ちの良いものではない。 反対に、嬉しい、楽しい、幸せだと思える感情は歓迎される。 感謝もできるし、前向きな気持ちにもなれる。 だから私たちは、ついネガティブな感情を消そうとする。 できれば感じたくない。 早く手放したい。 そう思うのも自然なことだ。 けれど感情そのものを変えようとする前に、一度立ち止まって問いかけてみたいことがある。 なぜ、その感情が生まれたのだろう。
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感情が揺れるのは、出来事のせいだろうか

例えば、LINEやチャットで既読がついたのに返事が来ない。

ただそれだけの出来事なのに、相手によっては感情が大きく揺れることがある。

「何か気に障ることを言ってしまっただろうか」

「嫌われたのかもしれない」

「なぜ返信をくれないのだろう」

同じ出来事でも、気にならない人もいれば、一日中そのことが頭から離れなくなる人もいる。

出来事は同じなのに、なぜ反応は違うのだろう。

出来事に、重なっているもの

例えば、誰かの一言に強く傷ついたとする。

目の前の出来事だけを見れば、「相手の言い方が悪かった」で終わるかもしれない。

けれど実際には、その出来事に過去の体験が重なっていることがある。

昔、否定された経験。

認めてもらえなかった経験。

置いていかれた経験。

私たちは無意識のうちに、その記憶を今の出来事に重ねて見ている。

だから同じ出来事でも、人によって感じ方が違う。

感情は、間違いではない

感情は間違いではない。

むしろ、その人を守るために働いてきた大切なセンサーだ。

ただ、そのセンサーが過去の景色だけを映しているとき、私たちは目の前の現実を見失うことがある。

「私は今、
何を重ねて見ているのだろう」

反応から、選択へ

感情を消そうとしなくていい。

感情に振り回されなくてもいい。

ただ、こう問いかけてみる。

私は今、何を重ねて見ているのだろう。

その問いは、感情の奥にある物語に光を当てる。

そして少しずつ、過去の反応からではなく、今の自分の意思で選択できるようになる。

感情は敵ではない。
それは、自分を苦しめるために現れるものではなく、何かを守ろうとして生まれた反応かもしれない。

だから感情が動いたとき、すぐに良い悪いを判断しなくていい。

まずは問いかけてみる。

私は今、何を重ねて見ているのだろう。

その問いは、過去に縛られた反応を、今の自分の選択へと変えていく。

感情は、未来への扉を開くための手がかりなのかもしれない。

自分が今、何を重ねて見ているのか。
一人で向き合うのが難しいと感じたら、思考を整理しながら、その問いに一緒に向き合う時間をご用意しています。

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