EMOTIONAL LABOR
感情労働とは?
疲れに気づけない、あなたへ
支える仕事を、これからも続けていくために。
休む前の違和感に、気づける自分でいるために。
人を支えるために自分の感情を整え続ける、 「目に見えない仕事」 に注目しています。
問題は、疲れることだけではありません。疲れていることに、自分でも気づけなくなることです。
「感情労働」という言葉を検索して、ここにたどり着いた方の多くは、疲れの理由がうまく言葉にできないまま、この記事を開いているのではないでしょうか。ここでは、一般的な感情労働の意味と、Embraceが大切にしている視点を分けながら、丁寧にお伝えしていきます。
感情労働とは
感情労働という言葉は、社会学者アーリー・ラッセル・ホックシールドによって提唱された概念です。仕事上求められる感情表現に合わせて、自分の感情や表情を調整する働き方を指します。日本では、肉体労働や頭脳労働とは異なる、目に見えにくい労働として説明されることもあります。
たとえば、疲れていても穏やかな声で話す。悲しい気持ちを抱えていても、相手の前では笑顔をつくる。苛立ちを感じても、それをそのまま表に出さないよう整える。こうした行為のひとつひとつが、感情労働にあたります。
看護師、介護士、保育士、教師、接客業、管理職。職種や役割はさまざまでも、共通しているのは、人の前に立ち、相手との関係や仕事上の役割に合わせて、自分の感情表現を調整するという構造です。
表面演技と深層演技
感情労働には、大きく二つの働き方があるといわれています。ひとつは、内側の気持ちとは関係なく、表情や声など外側の表現を整える「表面演技」。もうひとつは、自分の感情そのものを、その場にふさわしい状態へ近づけようとする「深層演技」です。
表面演技では、内側で感じていることと、外側に表していることの差が負担になる場合があります。一方、深層演技は一見自然に見えるため、自分でも無理をしていることに気づきにくいことがあります。実際には、多くの人が場面に応じて両方を使いながら働いています。
それぞれの現場での感情労働
看護や介護の現場では、痛みや不安を抱える相手の前で、自分の動揺をそのまま見せず、落ち着いた声を保つことが求められます。保育や教育の現場では、子どもの前で安定した表情や態度を保つことが、役割の一部になっています。
接客業では、自分の体調や気分にかかわらず、相手を気持ちよく迎える姿勢が求められます。管理職では、自分自身も不安を抱えながら、部下の感情と組織の方針の両方を受け止める場面があります。
職種は違っても、根にある構造は似ています。自分の感情より先に、相手がどう受け取るかを考え、それに合わせて自分を整える。その繰り返しが、感情労働という目に見えにくい仕事をつくっています。
Embraceが注目している視点
Embraceでは、感情労働の中でも特に、人を支えるために自分の感情を整え続ける「目に見えない仕事」に注目しています。
感情を整えること自体が、悪いわけではありません。相手を尊重し、役割を果たすために必要な場面もあります。Embraceが大切な課題として捉えているのは、疲れることそのものよりも、疲れていることに自分でも気づけなくなっていく過程です。
人を支えるために、
自分の感情を整え続ける、
目に見えない仕事。
感情労働という言葉が社会の中で語られるようになった背景には、人と関わるサービスの仕事が増え、感情表現そのものが仕事の一部として求められるようになった変化があります。目には見えにくくても、確かに存在する働き方に名前をつけたものが、感情労働という概念です。
なぜ疲れるのか
感情労働による疲れには、いくつかの理由があると考えられています。ひとつは、内側で感じている感情と、外側に表している感情が一致しないことです。内側では緊張しているのに、外側では落ち着いて見せる。その差を保つためにも、エネルギーが使われます。
成果として見えにくい
身体を動かした仕事には、作業量や疲労という形で結果が残ります。考える仕事には、資料や企画、判断した内容が残ります。しかし、感情を整え続けたことは、成果として見えにくいものです。
不安な相手に穏やかに声をかけたこと。怒りを受け止めながら、落ち着いて対応したこと。誰かの前で、自分の悲しさや苦しさをいったん横に置いたこと。その仕事は確かに行われていても、記録や評価には残らない場合があります。
終わりが見えにくい
感情の調整には、明確な終了地点がありません。人と関わっている間はもちろん、仕事を終えた後にも、「あの言い方でよかっただろうか」「相手はどう感じただろう」と考え続けることがあります。
勤務時間が終わっても、感情の整理まで同時に終わるとは限りません。そのため、休んでいるはずなのに、気持ちが仕事から離れないと感じることがあります。
積み重なり方は、職種によって異なる
看護や介護の現場では、命や痛みに関わる緊張感が日常的に続きます。教育や保育の現場では、子どもや保護者の前で、安定した態度を保つことが求められます。
接客業では、短い時間の中で感情を何度も切り替える場面があります。管理職では、部下の感情を受け止めながら、自分の不安や迷いを表に出しにくいことがあります。
消耗の形は、職種や役割によって異なります。共通しているのは、その負担が「特別なこと」ではなく、「仕事だから当然のこと」として扱われやすい点です。
一日単位では小さな負担に見えても、週単位、月単位で積み重なると、疲労感や意欲の低下につながることがあります。そのため、感情労働とバーンアウトは関連して語られることがあります。
ただし、感情労働をしている人が必ずバーンアウトになるわけではありません。仕事量、人員配置、職場の人間関係、休息の取りやすさ、相談できる環境など、複数の要因が関係します。
これらは、どれかひとつだけが起きるのではなく、日々の中で重なり合います。だからこそ、感情労働による疲れは、寝たり気分転換をしたりするだけでは、十分に軽くならないと感じることがあります。
なぜ気づけないのか
感情労働で起こりやすい問題のひとつは、疲れていても、自分自身がその疲れに気づきにくくなることです。
人を支える仕事に就く人の中には、周囲の状態には敏感である一方、自分の状態は後回しになりやすい人がいます。相手を観察することに意識を使い、自分の感覚を確認する時間が少なくなるためです。
看護・教育・人材育成の現場に長く携わる中で感じてきたのは、疲れを訴える人よりも、疲れていることを言葉にできないまま働き続けている人が多いということでした。
「まだできる」「これくらい平気」。そう自分に言い聞かせることが続くと、違和感のある状態に少しずつ慣れていきます。気づけないというより、気づく前に日常の感覚として受け入れてしまうのです。
「観察する力」が、自分に向かない
支える仕事をしている人の多くは、相手の表情の変化や声のトーン、いつもと違う様子に早く気づきます。それは、仕事の中で培われてきた大切な力です。
しかし、その力を自分自身に向ける機会は多くありません。相手の状態を読み取ることに意識を使い、自分が今どのくらい疲れているのか、何に傷ついたのかを確かめる余力が残らないことがあります。
「弱音を吐かない」が評価になる
責任感の強い人ほど、弱音を吐かずに仕事を続けることが、信頼や評価につながってきた経験を持っています。
頼られることや、困難な状況でも落ち着いて対応できることが評価されるほど、「疲れた」「難しい」と言うことに抵抗を感じるようになる場合があります。疲れていることを認めるより、もう少し頑張ることを選び続けてしまうのです。
「疲れた」と言いにくい環境
人手が限られている職場や、常に誰かの状態を優先しなければならない現場では、自分の疲れを言葉にするタイミング自体が見つからないことがあります。
「周囲に迷惑をかけたくない」「自分が抜けると困る人がいる」と考えるほど、自分の状態について相談するハードルは高くなります。
これは、意志の弱さだけで説明できるものではありません。本人の責任感だけではなく、職場の人員配置や文化、相談のしやすさなども関係しています。
違和感は心のサイン
Embraceでは、違和感を、弱さの証拠としてではなく、自分の状態を知るために心や身体が発しているサインのひとつとして捉えています。
弱さではなく、
自分の状態を知るためのサイン。
「なんとなく苦しい」「理由は分からないけれど疲れている」「以前より、人と話したくない」。こうした感覚は、はっきりとした原因が見えないぶん、後回しにされやすいものです。
しかし、言葉にならない違和感の中に、自分がどのような場面で消耗しているのかを知る手がかりが含まれている場合があります。
すべての違和感が、必ず正しい判断を示しているわけではありません。それでも、「なぜこの場面が気になるのだろう」「何を無理しているのだろう」と立ち止まることは、自分の状態を確かめるきっかけになります。
違和感はいくつかの形で現れる
違和感を急いで消そうとすると、自分が本当は何を感じていたのか、分からなくなることがあります。
反対に、「私は今、こう感じている」と認めることで、自分の状態を整理しやすくなることがあります。感情を正しい、間違っていると判定する前に、まず存在していることを確かめるのです。
違和感を消すことから始めるのではなく、そこに何があるのかを確かめる。Embraceが最初に大切にしているのは、この一歩です。
自己理解が回復の第一歩
感情労働への向き合い方として、休息を取る、気分転換をする、仕事と私生活の境界線を引くといったストレスケアがあります。どれも大切な方法です。
そのうえでEmbraceでは、感情労働と自己理解を結びつけて考えることも大切にしています。
感情労働には、本人の性格や考え方だけではなく、職場環境、人員配置、役割期待、上下関係、クレーム対応、組織文化なども関係します。
感情労働による負担を、本人のセルフケア不足や、考え方の問題だけにすることはできません。自己理解は、組織の中にある問題を、個人が我慢して引き受けるための方法ではありません。
Embraceが自己理解を大切にするのは、自分の消耗に早く気づき、自分を見失わないためです。
自分がどのような場面で消耗しやすいのか。どのような役割を引き受けやすいのか。何を言えないまま我慢しているのか。それが分かることで、誰かに相談する、業務量を調整する、境界線を引く、役割を見直すといった選択肢を考えやすくなります。
日常的なストレスケアと自己理解は、どちらか一方を選ぶものではありません。今ある疲れをケアしながら、同時に、自分が消耗しやすい構造を理解していく。その両方が必要になることがあります。
| 日常的なストレスケア | 自己理解を加えたEmbraceの視点 |
|---|---|
| 今ある疲れを軽減する | どのような場面で消耗しやすいかを理解する |
| 休息や気分転換で心身を整える | 休息が必要になる前の違和感にも気づく |
| 境界線や仕事量を調整する | 自分が引き受けやすい役割や反応の傾向を知る |
| その日の疲れに対処する | 次の場面で選び直すための理解を積み重ねる |
※ストレスケアと自己理解は、どちらか一方ではなく、必要に応じて組み合わせて用いるものです。
揺れる・戻る・選び直す
Embraceでは、自分の違和感に気づき、自分の状態を確かめ、次の行動を考えるための視点として、「揺れる・戻る・選び直す」という流れを大切にしています。
これは、心理療法として確立された方法や、医学的な治療法ではありません。日々の中で、自分が今どのような状態にいるのかを確かめるための、Embrace独自の考え方です。
揺れる。 違和感や感情が生まれたとき、すぐに打ち消したり、なかったことにしたりせず、「今、自分は揺れている」と認めます。
戻る。 相手の気持ちや周囲の期待だけではなく、自分の呼吸、身体の感覚、今の気持ちにも意識を戻します。何が正しいかを決める前に、自分の状態を確認する時間です。
選び直す。 自分の状態を確かめたうえで、これまでと同じ対応を続けるのか、相談するのか、距離を取るのか、別の方法を選ぶのかを考えます。感情や環境のすべてを自分で変えられなくても、自分がどう対応するかを考える余地が生まれます。
柴田恵美は、看護・教育・人材育成の現場経験をもとに、感情労働によって生まれる違和感と自己理解について発信しています。一人で考え続けることが難しいと感じるときは、信頼できる人と一緒に言葉にしていく時間が、自己理解の助けになることもあります。
今日からできるセルフチェック
特別な時間を用意しなくても、今日の終わりに、次の項目を静かに眺めてみてください。
当てはまる数で状態を判定するものではありません。チェックの数を数えることよりも、自分がどのような一日を過ごしていたのかを、自分の言葉で確かめることが目的です。
- 今日、笑顔をつくったけれど、心はあまり動いていなかった
- 誰かの機嫌や表情を、無意識のうちに観察していた
- 「まだできる」「これくらい平気」と、自分に言い聞かせた
- 一人になった瞬間、どっと力が抜けた
- 何が疲れの原因なのか、うまく言葉にできない
- 誰かに気を遣うことに比べ、自分を気遣う時間がほとんどなかった
- 休みの日にも、仕事の人間関係や出来事を考えていた
- 「疲れた」と口に出すことに、少しためらいを感じた
当てはまる項目が多いか少ないかよりも、自分の一日を振り返る時間を持つことが大切です。毎日続ける必要はありません。ときどき同じ項目を眺めることで、自分の状態の変化に気づきやすくなることがあります。
強い不眠、食欲の低下、動悸、気分の落ち込み、仕事や日常生活への著しい支障が続く場合は、自己理解だけで抱え込まず、医療機関、職場の相談窓口、産業保健スタッフなどにご相談ください。本記事は、医療上の診断や治療に代わるものではありません。
まとめ
感情労働は、人と関わる仕事の中に静かに組み込まれている、目に見えにくい働き方です。
感情を整えること自体が悪いわけではありません。相手を尊重し、役割を果たすために必要な場面もあります。
大切なのは、その負担が見えないまま積み重なり、自分でも疲れていることに気づけなくなっていないかを確かめることです。
感情労働の負担には、本人の考え方だけではなく、仕事量、人員配置、役割期待、職場の人間関係や組織文化も関係します。自己理解だけで、すべてを解決できるものではありません。
それでも、自分がどのような場面で消耗しているのか、何を我慢しているのかに気づくことは、休息を取る、誰かに相談する、役割を調整する、境界線を引くといった次の選択を考える土台になります。
違和感は、弱さのしるしと決めつける必要はありません。自分の状態を確かめるために、心や身体が発しているサインのひとつとして受け止めることができます。
今日の小さな違和感に、少しだけ立ち止まってみる。感情労働と自己理解を結びつけて考えることを、Embraceでは大切にしています。
あなたへ。
よくある質問
感情労働とは何か、簡単に教えてください
感情労働とバーンアウトの違いは何ですか
感情労働は看護師や介護士だけの話ですか
感情労働から回復するにはどうすればいいですか
感情労働によるストレスと、一般的な仕事のストレスは何が違いますか
教師や保育士にとっての感情労働には、どんな特徴がありますか
その違和感に、名前をつける。
感情労働に気づくことは、自分を理解していく最初の一歩です。
これから、関連するテーマも感性コラムでお届けしていきます。
産業能率大学大学院でMBAを取得。4,000件を超える個別対話と、900名以上の看護学生・介護職の育成経験をもとに、支える人の違和感と自己理解について発信している。

